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静岡地方裁判所 平成2年(ワ)326号 判決 1992年11月20日

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  請求原因1の事実、同2の(一)、(二)の各事実、同(三)のうち、原告ら被告法人組合員が、請求原因2の(二)の決議の際本件覚書を取り交わしたこと、本件覚書によつて原告と被告法人の今後の経費負担等についての取決めがなされたこと、本件覚書に原告主張の条項があること、同3及び4の各事実は、当事者間に争いがない。

二  原告は、後日本件覚書としてまとめられた被告法人の組合員間の話合いにおいて、主張の損益独立の合意及び本件合意がなされたとして、これを根拠に、被告法人の解散に伴い、被告法人に対し、本件土地売却に係る譲渡益二億一八九四万九九六九円の五分の一に相当する四三七八万九九九三円の分配金請求権を有するものである旨主張するので、以下検討する。

1  右一の争いのない事実に、《証拠略》を総合すれば、次の各事実が認められる。

(一)  昭和五五年一二月二二日の被告法人の臨時組合員総会において、昭和五六年一月一日から原告とその余の被告法人組合員が異なる経営形態をとることを決議したことを受けて、同日、被告法人から鶏舎を賃借して独立した養鶏場経営を継続する原告と被告法人との間における経費負担等の処理の細目及び将来被告法人が解散する場合の財産分配等に関し、被告法人組合員の間で話合いがなされ、その内容をその場に同席した当時の被告法人の顧問税理士であつた大畑武重(以下「大畑税理士」という。)がまとめて、後日、本件覚書を作成したこと、

(二)  本件覚書には、原告が被告法人から鶏舎を賃借するにつき、減価償却費、公租公課その他の関係費用を対象として原告が被告法人に支払うべき賃料額を毎年度定め、毎月末日に翌月分を支払うこと、被告法人がその組合員以外の雇用者へ支払つた給与等のうち、原告が右雇用者を使用した部分については、被告法人の支払額を、原告が被告法人に支払つて負担すること等の経費の負担に関する条項が記載されている外、被告法人が解散する場合の財産分配等に関する請求原因2の(三)の条項が記載されていること、

(三)  右の被告法人の財産分配に関する話合いによつて、昭和五五年一二月三一日現在の被告法人の財産をその分配の基準とするといつたようなことが決められたが、右話合いの当時、被告法人を解散することが決まつていた訳ではなく、右の昭和五五年一二月三一日現在の被告法人の財産についても、漠然と右時点における被告法人の全財産を対象とするという程度の認識しかされておらず、特定の財産を意図してその価額を算定した結果を前提とするようなものではなかつたこと、

(四)  また、右の財産分配に関する話合いに当たつて、被告法人の解散に際して土地等の資産を売却した際には被告法人に当該資産の譲渡益が生じ、法人税等の課税の対象となることや、右法人税等の節税のために、組合員に対する退職金の支払等を決議して課税所得金額の圧縮を図るといつた手段が取られることもあり得ることなどは、全く考慮されていなかつたこと、

(五)  なお、右の話合いに同席し本件覚書を作成した大畑税理士は、右の譲渡益に対する法人税等の課税や退職金支払の決議等の可能性について指摘して、被告法人組合員らに注意を促したりしたことはなかつたし、また、大畑税理士は、昭和五五年一二月三一日現在の被告法人の財産及び経理状況について一覧式総勘定元帳を作成したが、これはそれまでも月毎に作成していた通常の合計残高試算表の程度を超えるものではなく(なお、右試算表では、昭和五五年一二月三一日現在の被告法人の資産負債については、流動資産が五九九万八三六七円、固定資産が二四〇五万五〇九〇円、流動負債が一一〇八万九一四一円、固定負債が二八七万五九二円であるとされ、本件土地の価額は取得価額である一四一二万六〇三一円とされている。)、右時点での財産分配基準となる確定的な数値を示したり、また将来組合員に退職金を支給することがあることを慮つて退職金引当勘定等を起こすなどの特別の配慮がなされているものではないこと、

(六)  定款には、残余財産の分配につき、被告らの主張1の(一)のとおり規定があること、

以上の事実を認めることができる。

2(一)  ところで、原告は、昭和五五年一二月二二日の被告法人の組合員総会の議決と一体をなすものとして、本件覚書が取り交わされ、これによつて、他の組合員との間で原告主張の損益独立の合意及び本件合意がなされた旨主張し、原告本人尋問の結果中には右主張に沿う部分が存在し、また、証人大畑武重の証言及び被告法人代表者兼被告本人大野美佐雄の尋問結果中にも右主張の一部に沿う部分が存在する。

(二)  しかしながら、昭和五六年一月一日以降においても、原告は、被告法人の組合員たる地位を離れた訳ではなく、依然としてその組合員なのであるから、原告を除く被告法人の組合員が被告法人を主体とする養鶏場経営を行い、原告は被告法人から鶏舎を賃借して独立して養鶏場経営を行うこととなつたとしても、それは単に、原告以外の組合員は理事として、あるいはその余の常時従事者として、被告法人の行う事業に直接従事し、その報酬を被告法人から受けるのに対し、原告はかかる立場で被告法人の行う事業に直接従事することがなく、したがつて、当該事業の従事に対する対価としての報酬を被告法人から受けることがないというのに過ぎず、法又は定款所定の被告法人の組合員としての被告法人に対する権利義務関係や、組合員として被告法人の損益に関わる立場につき、他の組合員との間に相違が生ずるようなことは、法上、そもそもあり得ないものというべきである。

また、法は、農事組合法人の清算人は組合の債務を弁済した後でなければ組合の財産を分配することができない旨を定めており(同法七三条四項、七一条)、さらに、右1の(六)のとおり、定款は、被告法人が解散した場合において組合員に払い戻すべき持分(分配金)の算定に関し、出資の総額に相当する財産以外の財産については、解散の場合に限つてこれを算定するものとしてその算定方法は総会でこれを定める旨を、出資の総額に相当する財産についても、各組合員の出資の口数に応ずるとしながらも、その財産が出資の総額より減少したときは各組合員の出資の口数に応じて減額して算定する旨を定めているのであるから、被告法人の解散に伴う分配金の算定は、被告法人の解散事由が生じた後に、組合員総会において、法及び定款の規定に従つた上で、始めてこれを行うことができるものであり、右解散事由が生じる前に、特定の組合員に対する分配金の額ないしその額の算定の具体的な方法を予め定めることは、たとえ、組合員総会の決議によつても、行うことはできないというべきである。

(三)  そして、右に述べたことと、右1で認定した本件覚書に係る話合いに至つた経過及びその話合いの際の状況並びに本件覚書の条項の文言等に照らすと、本件覚書の条項が、原告主張の損益独立の合意を定めた趣旨であるものとは到底認められず、また、被告法人の解散の際の分配金について、原告が本件合意として主張するように、昭和五五年一二月三一日現在における被告法人の財産を対象とし、土地等の固定資産についてはそれを売却したときの金額を基にして、その五分の一相当額を原告に分配するといつた、原告に対する具体的に分配金の額の算定の方法を確定的に定めたものとも解し得ない。右(一)の証言及び各尋問結果部分は措信し得ないし、他に、被告法人の組合員間で、損益独立の合意及び本件合意がなされたことを認めるに足りる証拠はない。なお、仮に、かかる合意がなされたとしても、それは、右(二)で述べたとおり、法及び定款によつて規律される被告法人とその組合員としての原告との間の法律関係に背馳する内容のものであるから、被告法人に対する関係では効力を有しない。

3  そうすると、原告主張の損益独立の合意及び本件合意がなされたことを根拠として、被告法人の解散に伴い、原告が被告法人に対し、本件土地売却に係る譲渡益二億一八九四万九九六九円の五分の一に相当する四三七八万九九九三円の分配請求権を有するものであるとの原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

三  ところで、原告の主張に鑑みると、被告法人の解散時において、その組合員間で、分配金として四三七八万九九九三円を原告に給付する旨の合意ないし決議がなされたとの事実を根拠として、原告が右の額の分配金請求権を有するとする主張も伴つているものと解されるので、以下、この点について検討する。

1  請求原因5のうち、原告が被告法人から昭和六三年二月一四日に一〇〇〇万円、同年四月一日に一〇〇〇万円の支払いを受けたこと、同6のうち、被告大野が被告法人解散決議の結果、昭和六三年二月一日に清算人に就任したことは当事者間に争いのないところ、右事実及び前記一の争いのない事実に、《証拠略》を総合すれば、次の各事実が認められる。

(一)  被告法人は、昭和五六年一月一日以降、借入金が増加するなどして負債額が増大していき、昭和六二年一二月三一日時点での繰越欠損金として三四二八万五七七一円を計上していること、

(二)  被告法人から解散決議並びに清算に関する事務処理の委任を受けた高橋税理士は、被告法人が、本件土地を売却して二億一八九四万九九六九円の譲渡益を得たことにより、そのままでは、右譲渡の日及び解散決議をすべき日を含む事業年度において、解散に伴う固定資産廃棄損の額及び繰越欠損金の損金算入額を考慮しても、なお、多額の法人税等の課税を負担することとなり、組合員に分配すべき残余財産の額が少なくなるために、理事又は組合員に対する退職金支給の決議をしてこれを損金に算入し、右事業年度の課税所得金額を圧縮して右法人税等の節税を図つた上で残余財産の分配を行い、結局、退職金の額と残余財産の分配額との合計額がより多額となるような処理をする方針を取ることとしたこと、

(三)  そして、高橋税理士は、右処理方針に従い、従前の事務例等から、原告を含む被告法人の組合員がそれぞれ被告法人の事業に従事した期間を勘案して、税務当局に過大退職金として否認されない最大額として、原告につき一〇〇〇万円、その余の組合員につき各三〇〇〇万円宛ての退職金の額を設定した(なお、原告に対する支給額が少ないのは、原告が、昭和五六年一月一日以降も被告法人とは別個に養鶏場経営を行つてきたため、被告法人の事業に従事した期間が他の組合員に比べ短く、他の組合員と同額としたのでは、税務当局に否認されることが確実であることによる。)が、それだけでは、原告については、退職金を支給することにより法人税額等の圧縮を図る意味が金額的に乏しい結果となることを考慮し、税務上は寄付金として損害不算入額が生ずることとはなるが、別途金としてさらに一〇〇〇万円余りを支給する方針としたこと、

(四)  高橋税理士は、右処理方針を被告法人の各組合員に説明し、特に本件土地の譲渡益の五分の一相当額である四三七八万円余りの分配を望む原告に対しては、原告に退職金等として右の額を支給することとした場合には、その支給額のうち退職金部分を除く三三七八万円余りにつき寄付金として損金不算入額が生ずるために、九四五万円余りの資金不足を招く結果となることを説明して、原告を含む組合員全員から右処理方針について同意を得たこと、

(五)  そして、昭和六三年二月一日の臨時組合員総会において、被告法人を解散する決議がなされるとともに、高橋税理士の右処理方針に基づく指導に従い、原告を除く組合員に対しては各三〇〇〇万円宛ての、原告に対しては一〇〇〇万円の退職金を支給する旨及び原告に対しては別途金としてさらに一〇〇〇万円を支給する旨の決議がなされたが、原告は、右各決議に対し特に反対はしなかつたこと、

(六)  被告法人の清算人に就任した被告大野は、右決議後、高橋税理士の指導の下に被告法人の清算事務に従事し、資産を現金化する一方で、法人税等の租税約二七〇〇万円余りの納付を行うとともに、原告に対し昭和六三年二月一四日ころに一〇〇〇万円の退職金を、同年四月一日ころに一〇〇〇万円の別途金を支払つたのを始め、右(五)の決議に係る退職金等の支払を行うなど、債務の弁済を行い、平成元年一月三一日の清算組合員総会において、残余財産の額を一三二六万二六六四円とする清算事務報告及び各組合員に対する分配金の額が出資金の払戻一四五万円を含め二六五万一五七二円(ただし、出資金分を除く一二〇万一五七二円に対する源泉徴収所得税二四万〇三一四円を控除した手取額は二四一万一二五八円)となる旨の報告を行い、承認されたこと、

(七)  原告は、被告法人の解散決議のなされた当時、被告法人に対し、未収入金、立替金及び借入金として合計二五〇万九五七八円の債務を負つていたところ、被告大野は、原告に対する右債権をもつて、右(六)の分配金支払債務と対当額で相殺する処理をしてその旨原告に通知し、これによつて被告法人の原告に対する分配金支払債務は全額が消滅したこと、

以上の事実を認めることができる。

なお、原告本人尋問の結果中には、高橋税理士は原告に対して、右(四)のとおりの説明をしたことがなく、逆に計算書(甲第六号証)を示して、原告には退職金として一〇〇〇万円、給付金相当として三三七八万九九九三円の合計四三七八万九九九三円を支給する旨説明したとする供述部分が存在する。しかしながら、証人高橋正が右供述の内容を否定する証言をするのみならず、右甲第六号証中には、確かに、原告に対して四三七八万九九九三円を支給することを前提とした場合の計算が記載されているが、その前後の記載によつて、右の前提に立つた計算の結果としては九四五万円余りの資金不足を生ずるものとされていることが明らかであるから、高橋税理士が原告に対して、合計四三七八万九九九三円を支給する旨説明したとは考えられず(むしろ、右(四)のとおりの説明をしたものとするのが甲第六号証の記載内容と符合する。)、原告本人の右供述部分は到底措信し難い。

また、《証拠略》によれば、被告法人の昭和六三年二月一日の組合員総会議事録には、解散の決議がされたことのみ記載されていて、退職金及び別途金支給の決議の記載がないこと、退職金の支給の決議については、別に作成された組合員の署名押印のない臨時出資者総会議事録なる書面に記載されていることが認められるほか、別途金の支払の決議を記載した書面は証拠として提出されていない。しかしながら、前掲挙示に係る各証拠及び弁論の全趣旨によれば、昭和六三年二月一日に組合員総会と出資者総会とが特に区別して開催され、退職金の支給の決議は後者において行われた訳ではなく、解散の決議も退職金及び別途金支給の決議もいずれも同一機会に引き続いて行われたこと、右組合員総会議事録は、解散の登記申請書に添付して法務局に提出する資料として作成されたもので、登記事項である解散決議のみ記載すれば足りるとの認識の下に作成されたものであること、右臨時出資者総会議事録なる書面は、税務当局による退職金支給額についての質問調査等があつた場合に備え、高橋税理士が作成したものであるが(それ故に損金不算入とされる別途金については記載がない。)、退職金の支給決議が組合員総会の決議事項であるかどうかといつた点については意識しないまま臨時出資者総会議事録という名称を付したものであることが認められ、これらの右各書面の作成に係る事情によれば、右の組合員総会議事録に退職金及び別途金支給の決議の記載がなく、また、退職金の支給の決議については組合員の署名押印のない臨時出資者総会議事録に記載されており、別途金の支給決議を記載した書面がないからといつて、昭和六三年二月一日の組合員総会において、退職金及び別途金の支給を決議したとの前記の認定を左右するに足りない(なお、そうすると、退職金及び別途金の支給決議を記載した組合員総会議事録は作成されていないことになるが、議事録が作成されなかつたからといつて、総会決議の効力そのものが左右されるものではない。)。

《証拠判断略》。

2  右1で認定した事実関係に照らすと、高橋税理士の指導による被告法人の解散に伴う清算処理、就中、退職金の支給決議については、専ら法人税等の課税額をできるだけ少なくするという観点からその額の決定がなされ、原告を始めとする被告法人の組合員相互の関係や被告法人に対する貢献の度合いなどに対する配慮が充分になされたとはいえず、その結果原告と他の組合員との間で、その分配金額について大差となり原告に対し不満を与える結果となつたとのきらいがないでもないが、いずれにしても、被告法人の解散時において、その組合員間で、分配金として主張の額を原告に給付する旨の合意ないし決議がなされたとの原告の主張はこれを認め得ないことは明らかであり、かかる合意ないし決議がなされたとして四三七八万九九九三円の分配金請求権を有するものであるとする原告の主張も失当である。

四  原告が被告法人に対し右分配金請求権を有するとの主張が右のとおり失当である以上、被告法人にかかる分配金の支払義務があることを前提とし、被告大野が清算人として清算事務を執行するに当たり、悪意又は重大な過失により、その支払義務を怠つたとする被告大野に対する請求は、その余の判断に及ぶまでもなく理由がないことは明らかである。

五  以上によれば、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒川 昂 裁判官 石原直樹 裁判官 森崎英二)

《当事者》

原 告 佐藤雄一郎

右訴訟代理人弁護士 渡辺丸夫

被 告 農事組合法人岡部養鶏場

右代表者清算人 大野美佐雄

被 告 大野美佐雄

右二名訴訟代理人弁護士 牧田静二 同 洞江 秀

右牧田静二訴訟復代理人弁護士 石割 誠

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